快体健歩RC net topic vol.8 (2020.5.14) なぜ走るか?・・・定まらない理由

快体健歩RC net topic vol.8 (2020.5.14)

快体健歩ランニングクラブ代表 佐々木誠

なぜ走るか?・・・定まらない理由

コロナショックが蔓延する中でIさんはあらためて自問自答しました。
「人は、自分はなぜ走るのだろう・・・」
「達成感」というのも何となく解るのだが、時間、お金、体力・・・それらの総和と天秤にかけると、あまりに軽く、《コスパ》が悪い。そう考えると自分を走りに駆り立てるものは走っている最中に産まれている『何か』だという仮説に至り、他では得られない《快楽》だろうとは思うけれども答えには辿り着かない。

市民ランナーから陸上部の学生達、メダリスト達、ジョージ・シーハン氏や山西哲郎氏ら走る哲学者までが時々に考え、持論を持ったり、明言を残されたりしておりますが、どれが正しいとかいうものではなく永遠のテーマです。

「人はなぜ走るか」の解答は解りませんが、その答えが定まらない理由についての考察を述べてみます。

走る理由はたくさんあります。それを三つの群に分けてみましょう。

一つの理由群は本能です。
何らかの本能または欲求が満たされるから走るのですが、ヒトが誕生して生きて子孫を残すために、食べたり移動したりすることに付随して備わった動作が今世紀のヒトにも残っているということです。

二つ目の理由群は、ヒトとしての誕生後にさらに進化して産まれた社会性の産物としての欲求です。戦うこと、遊ぶこと、感情を表現することで、快感や爽快感、優越感、達成感、癒し、高揚感などが満たされて心の安定を保っているのです。

三つ目の理由群は、手段としてのランニングです。
速く目的地にたどり着くためや、何かから逃れるために走ることが相当します。古くの飛脚、現代ではプロのマラソンランナー、変わったところでは私なども、走ることは生計の手段ともなっています。仕事でなくとも、特別ではない市民ランナーにおいても、手段としてのランニングは珍しくありません。通勤手段としての通勤ラン、鯛焼きを食べるマラニック、山の空気を味わうトレラン、温泉旅行ついでの大会参加、ランニング合コンなども手段としてのランニングを兼ねています。

「兼ねている」と言いましたが、「通勤ランは会社に行く手段には違いないが、トレーニングでもある」とか、「温泉旅行メインだったが調子が良いから自己ベストを出すために走る」などのいろんなケースが出てきます。あれっ、そもそもトレーニングやレース参加はどの理由群?・・・「二番目の達成感?いや、LSDで感じる季節感や自然、スピード練習の爽快感は体が喜ぶから本能とも言えないか?」
――というように、走る理由は同じ理由群の中で、あるいは違う理由群にまたがったり絡み合っていることがわかります。一つに限定されていないことの方が普通なのです。

そして、それぞれのランナーやランニングの本能や特に欲求、手段を形成する要因となっているのが私たちの外なる環境と自身の肉体と内なる心です。

いい季節になったから走りたい、きれいな景観や果てしない直線に立つと走り出したくなる、転勤して走らなくなった、出産子育てで走らなくなった、友達とのつきあいで大会に出ることになった、災害に見舞われた人のことを思うと走れない、体重が増えたから走る、etc.。
これら、外的、内的要因は人によって様々であり、ライフステージやライフスタイルによって変わります。ビギナーの頃の走る理由と初マラソン完走後の走る理由、自己ベスト右肩上がり時代と下り坂時代の走る理由、シーズンオフと大会前、・・・。
走る理由は、一つに限定されないうえに、変化するものと言えます。

一人のランナーの同じ時においても、会心のレースの後と全くダメだった時の後でも異なります。レース中やフィニッシュ直後は「何で走っちゃったかなぁ・・・?」だったのが、フィニッシュ前に来ると「もっと走りたい」と思ってみたり、数日後には「また出たい」と思うのは、おきまりのパターンの一つです。
さらに一つのレースの最中でも、気候、ライバルの走り、途中のタイム、順位、応援などでモチベーションは変化します。私たちが何度も経験しているように、走る理由、モチベーションは、かくも揺れ動くものなのです。

「なぜ走るか?」、走る理由は、時や環境とともに変化する生活や肉体、移ろいゆく心の影響を受けながら、アメーバのように混ざり合ったり単純になったり、一つに定まらないのです。

このことは、ランニングの効果の多様性ということでもあります。多くの走る理由の狭間で悩むことは、新たなランニングの魅力を見つけたり、再認識できたりするきっかけになると思います。
あそこで走ってみたいというマラニックの計画を作ることであったり、マラソンの目標をタイムではなく順位偏差値や心拍数にしてみたり、生活習慣の見直しの一環から生まれた新たなトレーニング時間や場所に適したトレーニング方法を思いついたりすることもあります。
変化するライフステージ、ライフスタイルの中で、今と将来の自分を見据えて豊かになるランニングを見つけて走り続けてゆきましょう。

この話はここで終わりではなく、「市民ランナーの逞しさと脆さ」に展開させる予定です。・・・次号になるかいつになるかは不明ですが。